バーバラ・キースの名を知ったのは，Sierraレーベルから1980年にリリースされたコンピレィション"Silver Meteor" に収録されていた"The Bramble And the Roses"というフォーキーな曲でだった。もっとも，このレコードは当時ブルー・ヴェルヴェット・バンドへの関心から買ったものであり，バーバラ・キースはこの1曲しか入っていなかったこともあり，あまり印象には残らなかった。
　1999年には，彼女の旧作"Barbara Keith"がリイシューされ，ジャケットのうつむき加減の表情とは裏腹に，彼女の力強い表現力を今さらながら再認識し，しばらく愛聴盤となっていた。
　バーバラ・キースのことなど雑誌等でも取り上げられることはなく，過去の名盤発掘の1枚だったのかもしれないが，実は彼女はずっと現役のミュージシャンとして創作活動を続けていたことを，最近知った。

今，手にした彼女の新バンドThe Stone Coyotesの録音を聴き，その現代感覚に満ちたエネルギーにまず圧倒される。懐古的に彼女の旧作を聴いていた僕には，彼女の持っていたポテンシャルを感知できていなかった。 　彼女と夫ダグ・ティブルスと息子ジョンとのユニットであるが，ファミリー・バンドという言葉で表現されるような和やかさとか甘ったるさとは全くの対極にある，3人のミュージシャンによる緊張感がみなぎった演奏である。スリー・ピース・バンドの潔さと楽曲のよさ，そして何よりも60年代から現在に至る音楽シーンの流れを自身のエネルギーに充填しつづけてきた彼女の創作力の成果だ。 　この音楽をパンク、あるいはオルタネイティヴなどとジャンル分けすることは表層的な判断だ。彼女の歌の内面性と同時に社会性，そして物語性，その底流はディランであり，だからこそファッションとしてのサウンドとは次元を異にした，時代に向かって演奏する力強い意思と自信がこのユニットの持つ迫力となっている。 　AC/DCとパツィ・クラインとの出会いなどと評されもしたが，奥はもっと深い。彼女のこの作品は，今世紀のロックの純粋な精神的な財産として次世紀に受け継ぐべき記録である。

The Stone Coyotes Situation Out of Control (Red Cat 07) 2000

　　印象的なギター・リフに乗ったハード・コアなタイトル曲や，"When the Old Oak Grows", "If You See the One"などに見られる物語性など，歌うため，語るために演奏される楽曲の数々には，余分な飾りは何もなく，時代に媚びたところも全くない。
　影響を受けたアーティストとしてスタンレー・ブラザーズやビル・モンローをもあげるバーバラ・キースであるが，彼女の音楽に共感するブルーグラス・ファンもいて欲しい。
　また60，70年代のロックを愛するファンは，ロックが社会の中で持っているパワーを確信した凛とした演奏と，時代への妥協ではなく、時代を吸収してきたミュージシャンの姿に，今一度魂を鼓舞されるのではないだろうか。

　現在，50代も半ばの彼女は，ニュー・ヨークの生まれ。学校の教師からたまたま教えられたギターにより音楽に目覚める。64年にヴァッサー・カレッジに入るが，音楽への関心から3年後にグリニッチ・ヴィレッジに移り住む。
　ジョン・ホールらとKangarooを組み，カフェ・ホワなどで演奏を続けるが，バンド解散後ソロとなりMGMからファースト・アルバムをリリース。その後，ワーナーに移籍し2作目を出すが，自身の音楽を追及するため契約を破棄し，夫ダグとともに創作活動を続ける。この頃の夫婦の共作"A Stone's Throw Away"はヴァレリー・カーターにカヴァーされるなど，ソングライターとして多くのメジャー・アーティストに曲を提供する。
　1987年にはバーバラの生地に近いマサチューセッツ州グリーンフィールドにスタジオを設け，3人での演奏活動を本格化。1997年，L.A.のトルバドールでの演奏を機に，作家エルモア・レオナードとの親交が生まれ，彼の小説"Be Cool"の題材となる。最近はレオナードの朗読とのジョイント・ライヴも行うなど，ますますの充実を見せている。