ニューヨークのドブロ奏者，ステイシー・フィリップスの新作が14年ぶりに発表された。1975年のデヴュー・アルバム"All Old Friends"では，トニー・トリシュカ，アンディ・スタットマン，ケニー・コセックなど，後の実にニューヨークらしい創造的なブルーグラス・シーンの旗手達とのセッションでありながら，デル・マッカリー，シェナンドー・カッタップスなどのオーセンティックなブルーグラス専門のレヴォナ・レーベルからのリリースという意外性が災いしてか，ほとんど評価されることがなかった。   その裏ジャケットに寄せられたドブロ奏者の第一人者マイク・オールドリッジの幾分冷ややかなコメントに比べ，併せて載せられたデヴィッド・ブロムバーグの「こいつはブルーグラスではない。ロックでもない。こいつは危険物だ。」と言う賛辞がその本質をついていた。
Stacy Phillips From the Inside (archduke combine 02) 2000

  ステイシーのプレイの特徴は，ドブロというスライド・ギター系の楽器を使いながら，そのメリットである美しいロングトーンとは対照的に，少しつっかかり気味のスタッカートのきいたシングルトーンを中心にした音使いと独特のアルペジオとシンコペーションである。

　ブレックファースト・スペシャルへの参加を経て，1986年のセカンド・アルバム"Hey Mister Get the Ball"でもブルーグラス，ウエスタン・スウィング，ジャズ，クレツマー，ハワイアンなどが渾然一体となった世界を表現しており，全面参加したアンディ・スタットマンのフリーなマンドリンとも相まって素晴らしいニューヨーク派のアルバムとなっていた。
　最近では朋友ケニー・コセックの"Angelwood" (Rounder CD0362)にプロデューサー及びドブロ奏者として参画。また，フィル・ローゼンタルの子供向けトラディショナル・フォーク曲集"This Land is Your Land "(American Melody5118)にも名を連ねている。

　さてこのサード・アルバム"From the Inside"でも，彼の唯一無二のジャンルを超越したドブロ・プレイが様々なモチーフを使いながら繰り広げられているが，この多様性が彼の変わらぬ魅力である。トリシュカ，コセック，バリー・ミッターホフ，イヴァン・ストーヴァー，ジョン・ショール，ジム・ウィットニーなどの長年の友人達が，ステイシーの演奏を盛り上げている。
　彼自身のコメントが各曲に添えられているが，「れっきとしたハワイアン」，「れっきとしたオールドタイム」云々と言われても，保守的な聴き手は眉をひそめるかもしれないが，ブロムバーグの「こいつは危険物だ」とのコメントどおりのプレイは健在である。レントゲン写真を使ったジャケットもすごい。

　あのブレックファースト・スペシャルのメンバーの才気ほとばしるインタープレイと一発勝負的感覚を今も保持しているのは彼なのではないかと思わせるスリリングなアルバムである。